
いつも青木フィルハーモニー吹奏楽団を応援していただきありがとうございます。今回からスタートするこの日記は、第11回定期演奏会をつくっていくにあたっての団長である僕の思いと、フィルのメンバーの様子、西郷先生の話などを書いていこうと思っています。2003年3月23日(日)青木フィルハーモニー吹奏楽団第11回定期演奏会まで限定で、不定期に掲載する日記です。 来春の第11回定期演奏会は、クラシック・ポップス・クラシックの『3部構成』。そして、第3部メインはフランコ・チェザリーニ作曲「アルプスの詩」というところまで決まりました。(この曲がまた本当に音楽性たっぷりのイイ曲なんだよな〜)今年は11月に特別演奏会があったこともあり、例年よりも選曲が遅いのです。
今回僕が一番悩んだのは、演奏会形式についてです。今までの定期演奏会は『2部構成』で、1部クラシック・2部ポップスというものでしたが、前回の定期演奏会では、第10回記念として『3部構成』に。第3部はチャイコフスキー作曲の大序曲「1812年」で締めくくるという演奏会でした。この演奏会を終えて「やっぱりクラシックで終わるのはイイなぁー」と強く感じ、やはり第11回定期演奏会も『3部構成』でいこうと決意しました。ここで少し補足を入れますが、決して「ポップスステージで終わる演奏会がよくない」とか「ポップスはやりたくない」という訳ではなく、素直に「今回もまた〈感動〉という気持ちで演奏会をしめくくりたい」と思ったのです。しかし、ここでいろいろな問題が出てきました。
単純に「ステージが一つ追加される」ということで、演奏曲目も演奏時間も増える。そうなることで団員に負担を与えてしまうことになり、とても心配しています。「2 部構成に考え直そうか...そうしたら第1部にポップス第2部にクラシックといった順の組み合わせにしようか...」とも考えました。そこで、メンバーや西郷先生と協議した結果、「青木フィルは〈感動〉できるステージを目指しているバンドなんだなー、とお客様に感じていただきたい!」ということになり、今回もやっぱり「好きなクラシック」で始まり「楽しいポップス」もあり、そして「好きなクラシック」で幕を閉じる、という『3部構成』でいこう!と決定したのです。 僕達が望む〈感動〉できる演奏会がどんなステージになるのか...乞うご期待!あ〜本音を書いたのはいいけどプレッシャーもかかってくるんだなぁ... でも、負けへんでぇ〜!てなわけで、第一話はこんな感じで。2003年3月23日までどうか可愛がってください!
第1話の掲載に思った以上の反響があり、ビックリしているわけですが...。
先日「青木フィルの今後を考える会」がありました。僕は、特にフィル結成当時、何度となく団員達に今後のことを問いてみたことがありました。フィルが出来てまだ間もなかったからか?その当時はなかなか意見らしい意見も出ず、僕が期待するような答えも返ってこなくてさみしさを感じたことがありました。でも今回は、僕がみんなに要求したものではなく、団員が声をかけて開かれたもの。決して‘ダメだし’だけではない「青木フィルを良くしていこう、良くしていきたい!」という気持ちを出し合うようなものになりました。僕がいると出る意見も出ないんじゃないか?という不安もありましたが「直接団員の声が聞きたい」と思い、おじゃますることにしました。
前半は、11月4日の演奏会の反省点や、最近フィルで大流行の掲示板の話など、青木フィルのここを直したい!改善したい!という話。後半になると、自然と青木フィルのいいところや、どんなところを伸ばしていこうか?という話になり、会も終わりに近づくと、青木フィルのどんなところが好きか?という話になっていきました。団員みんなが、青木フィルにさまざまな想いを持っていて、たくさんの意見が出てきました。なかには現実離れした「理想」だらけの意見もあったけど、僕はみんなの生の声が聞けてとてもうれしく思いました。どれも共通して言えるのは、今よりももっと青木フィルを良くしていきたい!そして、青木フィルをもっと好きになりたい!というみんなの気持ちや熱い想い。(「こいつら、フィルと音楽が本当に好きなんだな〜」と心から思いましたよ。ホントいい顔して話し合いしてるんですよね。)そのなかでも僕が一番嬉しかったのは、結成当時から10年以上フィルの団員である美佐子が帰り際に言ったこんな一言でした。
「・・・私が10年以上ここにいるってことが“青木フィルが好き”っていうことの事実だよね。」
美佐子さんよぉ〜メンバーみんながずっとず〜っと続けていきたいと思えるような魅力のあるバンドを、これからも一緒につくっていこうな。一緒にやでぇ!
先日、西郷先生の合奏がありました。曲は、今回の定期演奏会メイン曲である『アルプスの詩』。この曲自体とてもイイ曲ですが、先生の方から「是非、この曲を定期演奏会でやらせてくれ!」と言い出しただけあって、この曲に対する思い入れがすごく伝わってくるようなとても良い、熱い合奏になりました。
西郷先生は、僕の中学時代の吹奏楽コーチ(しかも、鬼コーチ)です。当時は、合奏中に「バカやろう!」と怒鳴ったり、日本太鼓のバチ(直径5cm!)でド突いたり...は、当たり前。リズムが悪いと鉄琴のバチを持ち出して、頭の上で「キンキンキン」と拍子を叩かれたりもしました。(その痛さったら..自然と涙が出てくるのです。)もぅ、これ以上詳しくは書けません...。そんな鬼コーチは、恐れられてはいたものの、叱ったりする中にも温かさが感じられ、生徒からの信頼がとても厚かったです。
中学を卒業し年月が過ぎ、青木フィル3年目の夏。僕達は、指揮者を探していました。他にも何名か候補の人は挙がっていましたが、僕自身が西郷先生に教わりたい。と強く願い、団員に話をした事を思い出します。フィルに来てからの西郷先生は「恐い」イメージもありますが、それ以上に「温かい」イメージの方が強いです。よく団員を労る優しい発言をしてくださいます。選曲や音楽表現等にはかなりのこだわりがあり、時折「頑固オヤジだなぁ〜。」と思うこともあります。しかし、その頑固を信じて失敗した記憶はありません。フィルの本番が終えると、先生は決まって僕に「大沢ぁ〜、音楽はずっと勉強だよ!」とおっしゃいます。僕は、この言葉がとても好きです。
学生時代から「坂本竜馬」の大ファン(高知に行って竜馬像に初めて逢った時、感激して泣きそうになったくらいです!)である僕が、今こうして「西郷」と名の付く人と、青木フィルの海を越えた夢(音楽)の話ができることを勝手に嬉しく思っています。
前略 西郷様
僕がこんなに音楽を好きになったのは、間違いなくあなたのお陰です。そして僕を含めた団員達も、あなたの優しさに包まれて、音楽の喜び、厳しさを感じ取り始めています。
最近、メモ帳を持ち歩くようになりました。何故かと言うと、この〈徒然なるままに〉を書く為にメモをとる機会が増えてきたからです。僕の事を知らない人は、青木フィルのパソコンのホームページや演奏会のチラシの裏などを読んで、筆まめ男だなぁって思っている方もいるかもしれませんが、決してそうではないし、もちろん文才があるわけでもなく・・・。不定期に〈徒然なるままに〉を書くとは言ったものの、編集係からは「イイものいっぱい創ってどんどん更新しようよ!」と催促の電話ばかりで、原稿を書くのに追われている毎日なのです。この〈徒然なるままに〉は、僕が個人名を出して団の様子を書く事によって、演奏会に来てくださった皆さんが、今まで以上に青木フィルに親近感を持って楽しんでもらえたら...と思ったのがきっかけで始めた訳です。がんばらなくてはいけない!!改めて熱〜い想いで書かせていただきます。
昨年末の忘年会で初めて、団員が選ぶMVP(今年1年フィルを盛り上げたで賞)を投票で決めました。結果は、クラリネットでコンサートマスターでもある野崎さんでした。団員達は彼女の音楽に対するひたむきさをしっかり見ているのでしょう。約2年前、野崎さんがコンサートマスターになってから、青木フィルについて話をすることが多くなりました。彼女はとてもよく青木フィルのことを考えていて、その熱心さには僕もたびたび刺激を受ける事があります。ちなみに僕は、自分の視野から見て最もがんばってたと思われる違うヤツに投票しましたが、団員のほとんどが野崎さんを選んでいました。
オーケストラなどのプロのコンサートマスターというのは、ある意味指揮者よりも重要で、指揮者の棒よりコンサートマスターの弓を見て演奏するようなところもあるくらいです。吹奏楽のコンサートマスターに関しても同じです。どんな人でもなれるものではなく、実力・人間性等が優れている人でなければこなせないと思います。でも、青木フィルはプロではなく一般バンド。僕が彼女にコンサートマスターとして望んでいるのは、実力も大事な事ではありますが、それよりも「人間性」。というと堅い感じになるので、人としてメンバーを想う「おもいやり」。そして、『音楽ができる喜び』みたいなモノが溢れ出てしまうようなプレイヤーでもあって欲しい。ただ上手いというだけのコンサートマスターにはなってもらいたくないのです。これを読めば、責任感の強い彼女はきっとプレッシャーと戦い重荷に感じるかも知れません。でも、「MVPに!」と票を入れたメンバーの期待や優しさがあるのだから、がんばってほしい。青木フィルの華として輝いてもらいたい。と思っています。
野崎!本番当日、とっておきの笑顔でステージに立とうな!
この「徒然なるままに...」も第5話を迎えました。これもひとえに皆様の声援と編集係の努力のお陰だと感謝しています。実際のところ見てくれているのがウチの母だけでないことを祈ります。今日は・団長・という立場を置いといて、プレーヤーとして書くぞ!! トロンボーンの長身「佐藤健二」通称さとけん、トランペットのモテモテ色白男「佐藤克俊」通称うっちゃん。この二人は僕にとってライバルであり、親友であります。さとけんとは、小学校からの付き合いで、もう20年が経ちました。ヤツとは、青木フィルを立ち上げた仲でもあり、当時「夢のあるバンドを創ろう!」と言っていて、僕はその言葉が好きでした。『夢を持つ男』としてイメージアップさせてやろうと、ヤツの結婚式の披露宴でその話をしたら、本人は「忘れてた」と言いやがった。そんなことなら、中学時代二人で女子更衣室を覗きに行った話をした方がうけたのに... うっちゃんとは、大学時代からの付き合いです。ヤツは今回の演奏会の実行委員長であり、「演奏会を成功させたい!」というその意気込みと言ったらスゴイ!こんな一生懸命なうっちゃんを見るのは、僕の知り合いの看護婦グループと合コンした時以来かな?その「演奏会を成功させたいぞオーラ」は団員も感じとっているはずです。ヤツとは青木フィル以外でもアンサンブルをやり(さとけんもメンバーの一人ですが)、トランペットパートの上(1st)・下(2nd)を組んで10年になります。一時期どっちが1stを吹こうかと話したことがありました。その時あいつは「俺が土になるからお前が花になれ。」と、僕に花を持たせてくれ、花を咲かせるとても難しい2ndを受け持ってくれました。それ以来ずっと僕が1stを吹いて、いつもあいつが支えてくれています。
アンサンブルも組んでいる僕達三人が、青木フィルの本番で隣同士になる事は少ない。もちろん、無理に並ぼうとはしませんが、時たま偶然に三人並ぶ機会があります。そんな時は何も話してないのに、妙な安心感があり、普段に増して入った『気合い』みたいなモノが両隣りから音になってビンビン伝わってきます。周りには申し訳なくてこんな勝手な事、一人のプレーヤーとしてでなければ書けませんが、何と言うかこの『男樹(おとこぎ)』かな?女には分かんねぇだろうな。
今回はプレーヤー大沢の「徒然なるままに...」ならぬ「わがままなるままに...」でお送り致しました。団長宛に苦情等行きませんように。俺達31歳トリオがこのままもっと年老いて、視力が弱り、歯が全部抜け、肩が上がらなくなったとしても、一緒に音楽が出来たら幸せだなぁ〜。3月23日、ステージで俺達の『男樹』見せつけてやろぜ!
今回は、作者多忙とダイエット中につき、『佐藤克俊の徒然みたいな』をお送りします。団長ファンの皆さんごめんなさい。その変わりと言っては何ですが、まずは大沢とのエピソードを一つ。おそらく一生忘れられない出来事・・・あれは、青木フィルとして初めての海外公演(台湾)へ行く、日本出発3日前の事。未知への挑戦にみんな不安だらけ。大沢団長や僕ら幹部も、団員を何とか引っ張っていかなければという重圧感。そんな中、僕は不覚にも“胃潰瘍”の手術で入院になってしまった(突然、血を吐いたからもっとヤバイ病気かと思った)。その日のうちに青木フィルのメンバーが何人か駆け付けてくれて、意外と冷静に話していたかな。でも後日、大沢が来てくれた時には、2人共言葉をかける前に泣いてしまったんだ。男同士がボロボロとね。いろんな感情が溢れ出てどうしようもなく、一緒に台湾に行けない事実を突き付けられ、涙が止まらなかった。もちろん、「一緒に行こうな!」なんて事を語り合っていた訳じゃないけれど、皮肉にも実際に行けなくなってから初めて「一緒に」っていう気持ちを実感したのかな。台湾公演での話を、帰国後メンバーから聞きました。大沢が、ソロで始まる「展覧会の絵」でかわいそうな位の失敗をしたらしく・・・。(全2回のうち2回共。あっ、この話をするのは本人に了解済みです。)でも、僕が復帰しての定期演奏会で「展覧会の絵」をやった時には、大沢は見事成功!!その時、改めて一緒に吹ける事の信頼感、・友情・なんて言葉では片付けられない空気が流れていたのを感じたんだ。もぅ、5年も前の話なのに、ついこの間「あの時は・・」なんて、大沢と初めて話したけど、込み上げるものがあったよ。音楽・恋愛・遊び・仕事・人生、今まで約13年の付き合いの中でも強くて深いエピソードだね。『花と土』のように。
さて、そんな僕は第11回定期演奏会の実行委員長になりました。第10回を節目としたら、新たなスタートである第11回定期演奏会の実行委員長なんて大役を自分ができるのだろうか?本当にほんとーに悩んで決めました。実際に運営していても、想像以上の難しさや、もどかしさを実感したり、自己嫌悪の嵐に陥ったりしてね。それで今、当然のように凄いプレッシャーと、空回りが交錯してはいますが、実はそんなマイナスだけではなくてもっともっと・イイもの・を浴びている感じがしてます。う〜ん、言葉で伝えると安っぽくなるけど、「人生を楽しんでる」っていう意識かな。演奏会の直前に何をのん気な・・・って思われるかもしれません。でも自分自身が、厳しさ(真剣さとか緊張感等)と同じくらいの楽しさも追求しないと、お客様には伝わらないのでは?と思っています。厳しさや楽しさなんて言葉では定義出来ないし、人それぞれではありますが、まずは団員が自分達で引き出せるように、それを演奏会に来てくださるお客様に音楽で伝えることが、青木フィルの表現手段じゃないかな?キレイごとではなくて、人生そのものを共鳴し合えたら最高!『色々あるけど、人生楽しんでます』なんて聴こえるように音楽したい!みなさん、演奏会でお会いしましょう!
作者体調不良のため・・・
やはり日頃の疲れでしょうか・・・
少し休ませてあげないと・・・かな?
ということで助っ人参上!副団長蓑和の『みのみのなるままに・・・』をお送りします。
私にとって団長は、まずプレーヤーとしての憧れ。31歳にしてすでに10年も、団員を包み込み、団をしっかり支えて来ていて、とても尊敬しています。私が副団長になったのは、ちょうど2年前。その年は韓国への演奏旅行が決まっていて、その上もう一人の本間副団長が体調を崩し、新米副団長の私にとってプレッシャーばかりの一年になりました。何をどうしたらいいのかさっぱり分からず、あたふたするばかりの私に、副団長としてやるべき事や、出来る事を団長がたくさん教えてくれました(叱られる事もあったけどね)。第10回の定演が終わった頃からや〜っとちょっぴり余裕が出てきて団長とよく「フィルの夢」を話したりします。彼の口から出てくる「フィルの夢」はいつも、私が考える夢の先を行っていて「いいねぇ〜!」って共感出来るものばかり。フィルやお客さまに対する熱い想いを身近に感じる事もでき、とても信頼しています。大沢団長がフィルの「父」だとしたら、私は「母」になれるように副団長として団の為に自分が出来ることを精一杯やっていこうと思っています。
いよいよ一週間をきった第11回定期演奏会。徒然第4話に登場したコンサートミストレスの野崎は私の親友であり良きパートナー。ステージでの彼女の笑顔は団員みんなをホッとさせるものがあるんです。私は彼女のとびきりの「太陽の笑顔」を楽しみにしつつ、プレーヤー蓑和としてステージに乗ります。私達青木フィルのサックスパートは、正直まだまだ未熟です。今までセクションが固定出来なかったのも原因の一つかな。第10回定演後、セクションについて話し合いました。どうにかしてサックスパートを成長させたい。自分がこのままアルトの1番を吹いていたら何も変わらない。相馬にとって、アルトの1番を任せるのは少し厳しいかもしれないけど、私はバリトンに行く決心をしました。もちろん団長にも相談し、こんな事を言われました。「とりあえず2年は固定して続けた方がイイ。でないと、いつまで経ってもスペシャリストは生まれないよ。」相馬には、アルトの1番を極めて欲しい。大塚さんには、1番に「隠れる」2番ではなく「支える」2番に成長して欲しい。大野はバリトンも吹けるけど、やっぱりテナーのスペシャリストになって欲しい。私は低音が大好きで、ずっとバリトンが吹きたかった。バリトンでサックスパートだけでなく、木管みんなの土台になりたい。・・・今のセクションにして1年が過ぎました。コンクール、キューネル先生の演奏会、そして第11回定期演奏会。まだまだスペシャリストには程遠いけど、プレッシャーをいっぱい感じながらもメンバーみんなで支え合い、高め合ってきたこの『絆』に自信を持ってステージにあがるつもりです。
我が愛するサックスパートの諸君!何より音楽に対する情熱を燃やし、持ち前のポジティブ精神で楽器を楽しみながらスペシャリストを目指していこう!本番まであとわずか。私達にできること・・・それは楽しく、そして丁寧に演奏する事。楽譜に命を吹き込むんだからね。
ちょっとサボっている間に徒然日記がジャックに遭ったようで・・・。うっちゃん、蓑和、ありがとう!
運命の日まで一週間をきり、我が青木フィルは、2泊3日の強化合宿を行いました。一日十時間の練習で、団員は「クタクタ」になりながら、音楽に励んでおりました。僕も体は疲れてボロボロなのですが、長い時間好きな音楽に触れられて、充実した時間が過ごせました。
合宿というものは、ひとつ屋根の下で寝て、同じ釜の飯を食べ、同じお風呂にだって入ってしまう(男子の後は汚いと怒られましたが・・・)。音楽の向上はもちろん、「みんなで進もうぜ!そう、みんなで。」みたいな『団結』それが欲しかったのです。長い練習時間に追われ、団結した!と実感するまではいきませんでしたが、みんなの大切な演奏会。「いい演奏会にしたい。」それには、もっともっと団結したいですね。 団長というものは「タフでなければやっていけない。優しくなければやる資格がない。」そうは思っているものの、この演奏会に関しても、ここまでの道のりは決して平坦ではなく、くじけそうになる事もありました。青木フィルの舵を取っていても、何が正しくて、何が本当か分からなくなる時があります。でも、僕を信じてついて来てくれる団員もいるし、いろんなところから応援してくれる皆様の声が聞こえてくる。くじけてられませんよね。
それでも、ついこの間、くじけそうになった時、昨年の演奏会で皆様から頂いたアンケートのメッセージを、もう一度読み返してみました。本当にたくさんの暖かい言葉で綴られているんですよね。読んでいて目頭が熱くなりました。そして、沢山の元気、もらいました。 今は早くステージに立ちたいと心からそう思えています。
【あとがき】 定演まで限定で日記が書きたい」そう言い出したのは団長だった。「何を書くの?」「演奏会ができるまでの団員の様子とか。それを読んで来てくれるお客さんは、いつもと違った目線で見れて、もっと楽しめると思うんだ。」彼の発想にはいつも興味深いものがある。いかにフィルの演奏会を楽しんでもらうか?お客様の事を一番に考えて閃いた彼の提案に、私は迷わず手伝いたいと思った。「協力するよ。やってみよう!やるからにはイイものを創ろうネ。」ただ・・・彼は文章を書くのが得意ではない。私はそれも知っていた。
原稿は、まず団長が書く。それを2人で何回も読み直し、団員以外の人達や、音楽を知らない人でも解るように言葉を選んで清書していく。他の編集係とも校正し、団長の最終チェック。登場人物に、実名を出す事の了解を得て、HP管理人の元へ送り、やっと掲載に辿り着く。一話が出来るまでにどのくらいの時間がかかっただろう?出来上がったにも関わらず、前話とのバランスや掲載の時期等を考えてボツになったものが2・3話あった。彼の音楽フィルに対する情熱と、普段は見えない人間味ある優しい想いが伝わったのか?第2話が掲載された頃から、更新する度に反響があり、私もその頃にはすっかり「徒然〜」にはまっていた。「早く次が読みたい」「どんどん更新したい」焦るばかりの私に団長は「イイものを創ろうって言っただろ。HPは誰もが見ているんだから。」絶対に妥協はしない。時間がかかったっていい。ボツになった「徒然〜」の中に彼の団員を想うこんな言葉があった。『僕はお酒が好きではないが、思いっきりヤケ酒をしたいと思う時がある。それはどんな理由にせよ、退団者を出してしまった時だ。本当に悲しいよな。』私は今までいろんなバンドを見てきたが、彼程団を愛し、団員を大切にし、フィルを応援してくださるみなさんの事を考えている「団長さん」には出会えなかった気がする。彼のその情熱は団員に直に伝わってくる。そんな団長がいたからこそ私はフィルを選んだ。
本番が近づくにつれ、「徒然」の更新が滞るようになった。青木フィルは全員参加型。団員は一人一人役割を持っていて、全員で演奏会を創っていく。団長は、自分の納得するものを創る為に企画・構成すべてに関わっている。大成功させる為には何が出来るか?団長の周りには次から次へと団員が集まり、夜中まで話し合いが続く。ヘトヘトになった団長を見ていた私は、例え「徒然」の更新が遅れても文句は言わない!と決心していた。そんな中、徒然やるぞ!と無理矢理時間をとったのに、他の係とダブルブッキング。さすがに「やめてもいいんだよ。」なんて心にもない意地悪を言ってしまったこともあったよね。ごめんなさい・・・
気が付けばすでに、本番直前!この徒然を読んで来てくださるお客様はどのくらいいるんだろう?と団長と話したことがあります。定演まで限定とは言ったものの、こうして愛する青木フィルをカタチにする事、青木フィルを見つめ直す機会も少なくなるのかな。なんて思うとなんだか終わるのは惜しい気もしますが・・・またいつかこういうチャンスがあったらいいな〜と願いつつ・・・応援メッセージをくれた皆様、ありがとうございました。これからも、青木フィルハーモニー吹奏楽団を応援してくださいね。メール、掲示板、いつでもメッセージお待ちしています。